かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

何を着たいのかわからなかった自分を新宿のZARAに置いてきた話

 ずっと、何を着ていいのかよくわからなかった。
 手持ちの服はどちらかといえばカジュアル、かつ甘めのテイストの服が多いブランドのものばかりだった。母がそういう服が好きで、似合って、その流れで娘の私もそういうお店に連れて行ってもらうことが多かった。行きなれたお店で買うボタンダウンのシャツ、無地のカーディガン、たっぷりした布のスカート。売り場ではたしかに好きだと思ったのだけれど、私が着てみるとなんとなくあか抜けなかった。


 そういう服を着ている私は、優しそうというか無害そうに、あるいは年より子供っぽく見えてしまうんだろうと思う。成人して久しいのにコンビニで年齢確認を喰らったり家出人だと思われておまわりさんに呼び止められたり、どう頑張ってもまったく素敵だと思えないひとにナンパまがいの声掛けをされることもあり、そのたびに「私の恰好がイモいからなんだろうな……」と静かに落ち込んだ。
 そして、頑張って普段行かない服屋さんに行ってみるのだけれど圧倒されてしまってイメチェンできるような服は上手く選べず、お店を変えたはずなのに以前のブランドと似たような服が部屋の中に積まれていく。もちろん雰囲気は全然変わらなかった。

 

 週末、新宿に映画を見に行った。『ファンタスティックビーストと黒い魔法使いの誕生』。ネタバレを避けたいのでストーリーについての詳しい話はしない。みんな見にいったらいいと思う。ものすごく面白かったから。
 作中にティナ=ゴールドスタインという女性が登場するのだけれど、魔法を使った戦闘も書類仕事もガンガンこなすエージェント、デキる女のイメージに相応しく暗色のぱきっとした恰好や彩度の高くないキリっとしたメイクがたいへんかっこいい。

 映画を見終えたあと、高揚感のまま友人(彼女も可愛いというよりは綺麗、カッコいい系の服装やメイクがものすごく似合う。黒のロングコートを颯爽と着こなせる)に

「ファンタビのティナさんとか君みたいな服、憧れるんだけど全然持ってないんだよね。選ぶの手伝ってくれない?」

とお願いしてみてしまった。

 友人の目がギラッと光ったのは錯覚ではなかったと思う。

「わかる、ティナのファッションはカッコいい」
「きみに似合う服はつねづねそういうのではないと思っていた」
「今着てる文学少女っぽいやつよりああいうのが似合うと思う」
「靴、スニーカーもいいけどヒールの方がいい気がする」
「このまま買いに行こう」
 みたいなことをマシンガンのようなスピードで言われ、酒も入ってないのになんだかものすごく楽しく嬉しくなってしまって、雨の降るなかをけたけた笑いながら服を買いに行った。

 ZARAでああでもないこうでもないとハンガーからどんどん服を取り上げて体に当てる。
 試着室に持ち込んだ数枚。友人が選んでくれた黒いシンプルなタイトスカートと、緑、白、黒、青の編みこまれたニットを着て鏡の前に立った。ファンデーションが付かないように顔を覆っていた不織布のカバーを取る。
 不思議な感じだった。
 着たことのない色味とラインで、落ち着かない。落ち着かないんだけど、見た目にはものすごくしっくり来る。
 自分で持ち込んだ数枚は、よくも悪くもいつも通り。これだけテイストの違うお店に来てるのに、よくいつも着てるものと似てるやつを発見できるな、と思うんだけど、あれはもはや習性で自分にはどうにもできないんだと思う。部外者の意見を聞くのが一番。
「私は似合うと思ったけど、しっくりこなければ無理しないでね。死蔵しちゃうのももったいないから」
 試着室から出た私にちょっと心配そうに友人は言ったんだけど(こういうふうに、人にきちんと配慮ができるところが彼女の長所だと思う。安心できて大好きだ)、私は満面の笑みで言った。
「これ買う。ありがとう」

 会計でタグを切ってもらって、買ったばかりの服に着替えて外を歩く。外側数枚を変えただけなんだけどものすごく嬉しいし楽しいし、なんだかおかしな話なんだけど、世界に自分の居場所がある、と思った。それまではわけもなく「肩身が狭い」と思っていたらしいことに、その時気づいたのもびっくりのひとつだった。きっと、自分にそぐわない服は何かを削ぐんだと思う。そして、似合ってきた衣服は逆に、世界の方をその人の形にあわせて削ぐ力を持っている。
 友人には本当に感謝している。

 このスカートやニットに合う服を探してクローゼットの勢力図を塗り替えていくつもりです。