かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

人狼二次創作小説・人喰いの町③結審

 翌日、騎士――青いマントの若者は酒場に現れませんでした。
 彼は森の入り口近くで体をずたずたに引き裂かれて見つかりました。獣がいたことは間違いないあの場所で、己の身分を明かしたのです。覚悟の上であったことでしょう。3人は彼の亡骸を埋めると、酒場に移動しました。
 これが最後の審判になるはずでした。

「では、……最後の話し合いを始めましょうか」
 意を決して切り出した耳飾りの青年の言葉を切り捨てるように、灰色の髪の男が告げました。
「話し合いの必要はありません」
 今まで沈黙を守っていた彼の唐突な発言に、耳飾りの青年は凍り付きます。
「……え?」
「狼が誰なのか、もう我々には分かっていますから」
 言うと、灰色の髪の男は、黒ずくめの男に目をやりました。
「黒衣のあなた……占いの結果、彼はシロ、だったかな?」
 しばらくの間がありました。その瞬間、黒衣の男は己の主人が誰であるかを確信したようでした。
「いいえ、彼が昨晩処刑するよう主張して、殺された男の方が人間でした。俺は確かにそう申し上げたはずです」
 彼は、ゆっくりと告げました。
 白金の耳飾りの青年は、一瞬絶句しました。それはそうでしょう。自らの無罪を断じてくれて、狼ではないと確信していた人間が、あっさりと言を翻し、自分ののど元に獣の牙を突き付けてきたのです。ようやく開いた唇からは震えた声が零れ落ちます。
「一体、……何を、言って……」
 怯んだ獲物の逃げ足は遅れました。灰色の髪の男は静かに、しかし、兎を狩る狼のような高揚を隠し切れない様子で畳み掛けます。
「では……あなたは、何の罪もない人間を追い詰めて殺したわけだ」
「違う、……違う!! だってあの時こいつは……」
「俺がそう言ったという証拠がどこにあります?……話し合いの必要はない、と言っているのですよ。あなたが狼です。俺と、彼が、そう決めているのですから」
 主人の存在を確認した下僕――黒衣の男は、高らかに星の耳飾りの青年を断罪します。その後ろで、灰色の髪の男が満足気に頷きました。もう逃げ場はありません。投票は多数決。より多数の声に「死ね」と言われたものは、この場で死ななくてはならないのです。青年は処刑台への階段を、犬に追われる羊のように追い立てられて昇っていたのでした。今まで彼が選んできたものと選ばなかったものは、すべて彼に牙をむきました。
 彼は全てを悟ったようでした。恐怖で手足に力が入らなくなったのでしょうか。がっくりと膝を折り、床にうずくまった彼は震えながら目の前の二人を睨みつけているようでした。上からだと表情は分かりませんが、彼が何にその身を焼かれているか知るには、声を聴くだけで十分でした。
「……畜生め……」
 食いしばった歯の隙間から零れ落ちるような声でした。激しい憎悪と後悔が、まるで擦り傷に滲む血のように、彼の声を覆っていました。それを聞いた黒衣の男は、
「誉め言葉ですね」
あっけらかんと言いました。きっと彼は、唇の端を割くように残忍な笑いを浮かべていたことでしょう。
「時間だ。……残念だったな、人間」
 灰色の衣の男が傲然と告げます。その瞬間、その町は滅ぶことが決まりました。男の哄笑は街に響き渡り、大きなそれには時折、獣の吠え声が混ざるのでした。最後の人間は吊るされることなく、銀灰色の毛皮を持つ獣に喉を食い破られ、地べたを真っ赤に染めて死んでいきました。

 あの後、わたしは酒場の屋根裏から何とか逃げ出し、国境を抜けてこの町へ来ました。
 あの時、誰が獣で誰がその下僕か分かっていたのに何もできなかった私は、みんなが為すすべなく死んでいくのをただ見ていることしかできませんでした。あの時のわたしは、みんながああまでしてあの町を守ろうとした理由がよくわかりませんでした。けれど、今は違います。
 ここの人たちはみんなわたしに優しくしてくれます。わたしに字を教えてくれた人、名前をつけてくれた人、名前を呼んでくれる人、わたしの過去を知って泣いてくれる人。わたしは、ここを守りたいのです。きっとあの時死んでいった人たちも、同じ気持ちだったのでしょう。
 わたしはことばを手に入れました。わたしはもう、無力な屋根裏の幽霊ではありません。声は出なくとも、わたしは文字で獣を狩ることができるようになったのです。
 この町にも、あの忌まわしい獣が現れたのだそうです。わたしも今夜から裁判に参加します。わたしはもしかして、無実の罪を着せられて処刑台に送られるのかもしれません。わたしはよそ者で喋れない、みんなと違うところがあれば簡単に疑われてしまうのは知っています。あるいは、獣の餌として悲鳴も上げられず、暗闇の中でみじめに命を散らすのかもしれません。
 けれど、命と字を書く力がある限り、獣がこの町を脅かす限り、わたしは逃げず、手に入れた力で問い続けるでしょう。
 汝は、人狼なりや? と。