かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

ブログ移転のお知らせ

 かくりよ書房をご愛顧くださりありがとうございます。

 ブログ解説から数年経ち、自分のノリも随分変わったな、ということで、こちらのブログは残しつつ、新しいところで書いていくことにいたしました。

 

 新ブログ、最新の記事はこちらです。骨格・パーソナルカラー診断を受けに行ったときのことを備忘録的に書いています。

fukukirumimei.hateblo.jp

 

 

 かくりよ書房夜明け分館に来訪くださり、ありがとうございました。

 もしお付き合いいただける方がいらっしゃいましたら、新ブログでもどうぞよろしくお願いいたします。

6割でやっている

 

 早足かつ大股で歩数と距離を稼ぐタイプの散歩をしなくなった。

 胃の容量の限界まで食べると翌日以降に響くので、まだ食べられるくらいでやめるようになった。

 仕事もまったく詰め込んでいない。余白の方が多い。それでも時間単価は上げているのと、独り暮らしをやめたのでどうにかなっている。

 

 可動域の6割くらいでやっている。

 10割を超えて動き続けないといけない強迫観念のようなものに気がついては、それを脇へ置くようにしている。

 その強迫観念のおかげで手に入れたものも多かったが、たぶんこれから先の自分には10割超えの稼働によって押し寄せる無理と不調の方が大きいと思う。

 たまに8割くらいで働いてひいはあ言いながら寝ている。

 そんなもんだろうなと思っている。

着ていくあてはないが蛇柄の服を買う

 美容師さんに髪を切ってもらいながら

「2020年全然服買わなかったんですよね」

という話になった。

「分かります……新しい服、買っても誰に会いに行くわけでもないし……」

「今更気づいたんですけど人に会うために服買うみたいなの、あったんですね」

「ね! そういう機会がなくなって気づきましたけど……」

 

 親しい友人と会うことでMPを回復している節もあり、服屋でひとり、もしくはふたり以上でわーわー言いながら試着して買ったり買わなかったりすることでMPを回復している節もあり、その両方の手段が一気に断たれて気づけば2021冬。めちゃくちゃ気がふさいでいる状態で私はインターネットを徘徊していた。かれこれ3年ほど前になってしまったZARA事変後に買った冬服がすごい勢いでへたりはじめていたからである。毛玉が浮いたり伸びたりし始めた、かつては輝いていたニットを調達した服屋が集まっている界隈は新型ウイルスのお陰で大変近寄りづらくなっている。まだ安全そうな近場の服屋に人が少なくなったタイミングを狙ってひっそり試着を繰り返したりもしたが、絶望的に自分に似合う冬服が見つからない。別に着られないことはないが首を通すたびに釈然としない気持ちになるだろうことがわかって、そっとハンガーを売り場に戻していた。買い物は試着が命だと思っていたけれどいや、なんかもう、いろいろ無理じゃないか? と諦めに似た気持ちで通販サイトを開いた。

 ZARAの。

 結論から言うとそこが天国だった。

 着られるか着られないかは微妙だが袖を通したい服がおびただしい数ある空間がそこだった。現状の自分が求めているのはベーシックなデザインとかではなく着てアガるかどうかだということを改めて強く認識させられた。気づいたら仕事着として使えそうなおとなしいデザインのニットとは別に、どこに着ていけるのか全く不明な蛇柄のブラウスと、肩の盛りがやたらと激しいサイバーパンクなデザインのジャケットをカートに放り込んで決済していた。蛇柄を選んだのは、事変で服を選んでくれた友人が

「いや君パイソンとかのアニマル柄もいけるんじゃないか?」

とぼそっとどこかでつぶやいたのを覚えていたからである。届いた蛇柄のブラウスはそれまで一度も着たことないジャンルなのが信じられないくらい自分に馴染んだ。仮説は正しかったよ友人。しかし結果的に必要だったはずの冬服ほぼ買ってないことに今気づいた。バカなのかもしれません。まあまたのんびり探そう……通販で……意外とイケることがわかった通販で……。

 どこにも行けなくても意味の分からない服を買って着て生きていきたいなと思いました。2021年。生存しています。

7ヵ月リモート講義を駆け抜けた履修生からの伝言

 この春から中学・高校の教員免許を取得するために母校に戻り、教職科目のみを履修する立場で大学に所属していました。
 が、大学で履修関連の書類を受け取った帰りの電車の中で緊急事態宣言が発令され、あれよあれよという間にキャンパス閉鎖、講義開始は延期。私は地方に住んでおり、大学は首都圏にあったため引っ越しの予定もあったのですが身動きが取れず、結局すべての講義を実家からオンデマンド、オンラインで履修する形になりました。

 もしかしたら来年同じ目に遭う新一年生、もしくは対面での学生生活しか知らない学び直し社会人の皆さんがここを見ているかもしれないので、とりあえず3つ、思ったことを書いておきます。

 

①1日の負担を減らせたら減らそう

 対面の感覚であれば1日に4~5コマ講義を詰め込んでも別に平気だと思うのですが、教室と教室の移動がなく、1日ずっとパソコン、もしくはタブレットと睨めっこするというのを前提に、1日の履修コマ数を決めましょう。ブルーライトで目が灼かれます。
 画面が目を灼いてくるのは授業時間だけではありません。出欠席確認、評定の手段が画面、書面しかないため、課題の量が爆発的に増えます。私は現役で学生だった時、レポートはせいぜい期の真ん中と期末の2回程度しか書いて提出した記憶がないのですが、こういう状況になると課題は毎週提出でした。必修が多いと1日最大で3~4本レポートの締め切りが提示され、それが講義を取った日数分続きます。
 所感を書いてください程度ならまったく問題はないのですが、先生が書いた教科書を章ごと要約し、実例を挙げながら検証するよう求められる課題、長尺の動画を見て内容をまとめ、教科書と関連させて論ずる課題など結構ヘビーなものが連続して提示されるとちょっと死にそうになりました。

 可能であれば、先輩に前年度の講義の評判を聞いて、重たい課題を出してくる先生の講義は曜日を分散させて履修した方がよいと思います。私は同じ日に重い課題を出してくる先生の講義を詰め込んでしまったために、特定の曜日の前日が地獄のようになっていました。(ただ、毎時間学んだことをレポートという形で出力する機会を設けられたので、勉強した度合いはオンデマンド、オンライン講義の方が大きかったと思います……)

 

 

②目と腰を労わろう

 10代~20代前半で多少の無理が利く民はいい。問題はそれ以上の年齢、もしくは私のようにめちゃくちゃインドアかつ不健康な生活のせいでベースの体力、身体能力が落ちている民です。
 毎日歩いたりストレッチしたりする時間を設けてください。オンデマンド講義はわんこそばのように課題がやってくるので、気づくとパソコンの前にしがみついてたら微動だにしないまま1日が、1週間が終わっていることがあります。そして背中や腰の筋肉をバキバキに凝らせた状態でふっと前かがみになってものを拾ったりすると、奴が来ます。

 ぎっくり腰が、来ます。

 来ました。死ぬかと思いました。寝ていることしかできないのでその間のレポートの進捗が止まります。オンラインディスカッションで椅子に座らないといけないときは呻きながら机の方まで這って行きました。
 人間の体は絶え間なくパソコンに向かえるようにはできてません。目も心も腰も死ぬ前に、ソーシャルディスタンスを守って外を歩いて来ましょう。

 

③なるたけ自分を労わろう
 ずっと引きこもって課題と向き合い続けていると、日常に起伏がなくなるのでストレスが減るのでは――と、思われる方もいるかもしれません。逆です。起伏がなさすぎる分、今までは見過ごしていた些細な変化に過剰に反応するようになってイライラが加速する場合があります。こんな状況下だと家にいてもピリピリしますし、やりたいこともできない場合が多いです。自覚のあるなし問わず、自分は何かしらを抑圧して過ごしていてストレスが溜まっている……と思ったほうがよいです。

 自分ができるストレス解消の手段をリストにしておいて、課題が進まない時、家で鬱々としているのに気が付いたとき、気軽に実行できるようにしておくのをおすすめします。

 また、リアルタイムのオンライン講義だとそうはいきませんが、オンデマンド授業は受講環境も姿勢も時間も問わないものが大半です。音声教材をmp3に落として聞きながら散歩に出かけたり、部屋の掃除をしたりすることも可能です。机に座ってないとダメということはありません。気楽に消化しましょう。受講した履歴が残って、レポートさえ書ければOKだと思います。

 

 また思い出したら追記するかもしれませんが、取り急ぎ、完全リモートで大学生活を送る羽目になった人間からの伝言3点でした。こうして書くと辛いことばかりのように見えるかもしれませんが、対面でのコミュニケーションが少し不得手だった私は、レポート提出後の画面上のコメント欄で教授と会話したり、メールのやりとりを介して授業の深堀りができたりとオンラインの恩恵もものすごく受けていました。

 辛いことは最小に、できることは最大に、新しい学びの方法を模索できるといいなと思います。

人狼二次創作小説・人喰いの町③結審

 翌日、騎士――青いマントの若者は酒場に現れませんでした。
 彼は森の入り口近くで体をずたずたに引き裂かれて見つかりました。獣がいたことは間違いないあの場所で、己の身分を明かしたのです。覚悟の上であったことでしょう。3人は彼の亡骸を埋めると、酒場に移動しました。
 これが最後の審判になるはずでした。

「では、……最後の話し合いを始めましょうか」
 意を決して切り出した耳飾りの青年の言葉を切り捨てるように、灰色の髪の男が告げました。
「話し合いの必要はありません」
 今まで沈黙を守っていた彼の唐突な発言に、耳飾りの青年は凍り付きます。
「……え?」
「狼が誰なのか、もう我々には分かっていますから」
 言うと、灰色の髪の男は、黒ずくめの男に目をやりました。
「黒衣のあなた……占いの結果、彼はシロ、だったかな?」
 しばらくの間がありました。その瞬間、黒衣の男は己の主人が誰であるかを確信したようでした。
「いいえ、彼が昨晩処刑するよう主張して、殺された男の方が人間でした。俺は確かにそう申し上げたはずです」
 彼は、ゆっくりと告げました。
 白金の耳飾りの青年は、一瞬絶句しました。それはそうでしょう。自らの無罪を断じてくれて、狼ではないと確信していた人間が、あっさりと言を翻し、自分ののど元に獣の牙を突き付けてきたのです。ようやく開いた唇からは震えた声が零れ落ちます。
「一体、……何を、言って……」
 怯んだ獲物の逃げ足は遅れました。灰色の髪の男は静かに、しかし、兎を狩る狼のような高揚を隠し切れない様子で畳み掛けます。
「では……あなたは、何の罪もない人間を追い詰めて殺したわけだ」
「違う、……違う!! だってあの時こいつは……」
「俺がそう言ったという証拠がどこにあります?……話し合いの必要はない、と言っているのですよ。あなたが狼です。俺と、彼が、そう決めているのですから」
 主人の存在を確認した下僕――黒衣の男は、高らかに星の耳飾りの青年を断罪します。その後ろで、灰色の髪の男が満足気に頷きました。もう逃げ場はありません。投票は多数決。より多数の声に「死ね」と言われたものは、この場で死ななくてはならないのです。青年は処刑台への階段を、犬に追われる羊のように追い立てられて昇っていたのでした。今まで彼が選んできたものと選ばなかったものは、すべて彼に牙をむきました。
 彼は全てを悟ったようでした。恐怖で手足に力が入らなくなったのでしょうか。がっくりと膝を折り、床にうずくまった彼は震えながら目の前の二人を睨みつけているようでした。上からだと表情は分かりませんが、彼が何にその身を焼かれているか知るには、声を聴くだけで十分でした。
「……畜生め……」
 食いしばった歯の隙間から零れ落ちるような声でした。激しい憎悪と後悔が、まるで擦り傷に滲む血のように、彼の声を覆っていました。それを聞いた黒衣の男は、
「誉め言葉ですね」
あっけらかんと言いました。きっと彼は、唇の端を割くように残忍な笑いを浮かべていたことでしょう。
「時間だ。……残念だったな、人間」
 灰色の衣の男が傲然と告げます。その瞬間、その町は滅ぶことが決まりました。男の哄笑は街に響き渡り、大きなそれには時折、獣の吠え声が混ざるのでした。最後の人間は吊るされることなく、銀灰色の毛皮を持つ獣に喉を食い破られ、地べたを真っ赤に染めて死んでいきました。

 あの後、わたしは酒場の屋根裏から何とか逃げ出し、国境を抜けてこの町へ来ました。
 あの時、誰が獣で誰がその下僕か分かっていたのに何もできなかった私は、みんなが為すすべなく死んでいくのをただ見ていることしかできませんでした。あの時のわたしは、みんながああまでしてあの町を守ろうとした理由がよくわかりませんでした。けれど、今は違います。
 ここの人たちはみんなわたしに優しくしてくれます。わたしに字を教えてくれた人、名前をつけてくれた人、名前を呼んでくれる人、わたしの過去を知って泣いてくれる人。わたしは、ここを守りたいのです。きっとあの時死んでいった人たちも、同じ気持ちだったのでしょう。
 わたしはことばを手に入れました。わたしはもう、無力な屋根裏の幽霊ではありません。声は出なくとも、わたしは文字で獣を狩ることができるようになったのです。
 この町にも、あの忌まわしい獣が現れたのだそうです。わたしも今夜から裁判に参加します。わたしはもしかして、無実の罪を着せられて処刑台に送られるのかもしれません。わたしはよそ者で喋れない、みんなと違うところがあれば簡単に疑われてしまうのは知っています。あるいは、獣の餌として悲鳴も上げられず、暗闇の中でみじめに命を散らすのかもしれません。
 けれど、命と字を書く力がある限り、獣がこの町を脅かす限り、わたしは逃げず、手に入れた力で問い続けるでしょう。
 汝は、人狼なりや? と。

人狼二次創作小説・人喰いの町②開廷

 最初に唇を開いたのは、狼の噂が囁かれるようになったころ街にやってきた、異国風の緑の衣装の男でした。彼が喋ると、微かに国境の向こうの異国の音律が混ざるのがわかりました。
「……実際、誰が何者なのか、ここで告げてもらったほうがいいんだろうか」
 それを即座に否定したのは、黒衣で全身を固めた長髪の男でした。博識で弁の立つ彼は、その弁舌を生かしてここまで生き延びていたのでした。
「否、……早計すぎると思いますね。獣の正体が分かっているなら教えてもらった方がいいが、そうでないなら『ここに占い師と騎士がいます』とわざわざ殺されるために看板を掲げるようなものです。どなたか、この中で誰が我々を食い殺そうとしているか、ご存じの方はおられますか」
 黒衣の男は、自分以外の五人をゆっくりと見回します。その声にこたえるものがいないことが分かると、彼は肩をすくめました。
「……いませんね。手探りですが、話し合いを始めるほかはないようです」
 そこで、じっとうつむいていた女性が顔を上げました。橙のドレスに身を包んだ彼女は、どこか少年のように澄んだ声で、毅然と言いました。
「私は、何の力も持たないただの人間ですが、……ここで殺されても構わないと思っています」
 ざわり、と空気が揺れました。彼女以外の5人は顔を見合わせます。異国風の男が、おずおずと尋ねました。
「どうしてそんなことを」
「このままでは情報が少なすぎます。人と獣が同数になる前に獣をすべて殺すのが、我々の目的ですよね。私が死んでもまだ数には差がある。この町が滅ぶ可能性は変わりません。むしろ、疑う相手が減れば正しく獣を狩れる確率は上がる。この中には占い師や騎士の方がいると聞き及んでいます。私がこの場で死ねば、占い師の方は処刑されずに済みます。騎士の方も、守る対象は少ない方がいいはず。……そうでしょう?」
 淡々と言い切ると、橙のドレスの女性は全員の顔を見まわして、静かに微笑んだようでした。気圧されるように、異国風の男は頷きました。
「……あなたが、そう仰るのであれば、私はそれに従います」
 それに反応したのは、白金でできた星の耳飾りを揺らす青年でした。ぱっと異国風の男の方に視線を向けると、彼は鋭く言い放ちました。
「僕は貴方が怪しいと思います」
「なぜ」
「周囲の空気に乗じて彼女を殺すことにためらいが見られないから。この中で誰かを疑い真意を探る様子がないから。貴方が狼なら、その両者ともとる必要のない行動でしょう。それに……僕は彼女に死んでほしくありません」
「……時間ですね」
 灰色の髪の男が、酒場の壁の時計を眺めて呟きました。
 その晩、処刑台に送られることになったのは、橙のドレスの彼女でした。
「……これで、いい。間違ってないはず」
 投票の結果が開示された瞬間、彼女がそう呟いたのが聞こえました。彼女は取り乱したり泣いたり叫んだりせず、静かに俄か拵えの十三階段を昇っていきました。

 次の日、酒場に集まったのは昨晩を生き延びた5人でした。どうやら前の夜、狼は狩りに失敗したらしいことが分かりました。
「毎晩のように犠牲者が出ていたのに……」
 灰色の髪の男が、信じられない、といった様子で声を漏らしました。緑衣の男が、他の面々を見回しながら言います。
「騎士様が守りを固められたのでしょう。どなたかは分かりませんが……。私も、そろそろ自分の役目を果たさなくてはいけませんね」
 他の4人の視線が、緑衣の男に集まります。男は意を決した様子で告げました。
「……占い師は私です。ここで、占いの結果を――」
「ちょっと待ってください」
 黒衣の男が、緑衣の男を遮りました。予期せぬ反応に固まった緑衣の男と、他の面々に向かい、黒ずくめの男もまた、驚きを隠せないという様子で言いました。
「妙だな……俺も占い師なんですが、人数が合いませんね。……まだ表に出るつもりはなかったんですが、騙りが出ては仕方ない」
「誰が騙りだ!」
 何を言われているか理解した緑衣の男は、怒りで顔を赤らめると黒ずくめの男に食って掛かろうとします。青いマントの青年が、即座に二人の間に割って入りました。
「言い争っている場合ではないでしょう。……占い師だと言うなら、この5人の中で誰かは、既に人か獣か判別がついているはず。まずそれを、お二人に伺いたい」
 皆に視線を向けられて、先に口火を切ったのは、黒ずくめの男でした。
「……耳飾りのあなた。あなたは、人ですね。そして青いマントのあなた。あなたも人だ。間違いないでしょう」
 慌てたように、緑衣の男が続けます。
「私も、耳飾りの方を占いましたが人でした。そして、……占い師を騙るあなたも、人だ。一体どうして……」
 彼は黒ずくめの男からわずかに視線を落とし、小さく何事かを呟きながら考え込みます。数秒のち、はっとしたように顔を上げると、緑衣の男は黒ずくめの男を指さして叫びました。
「そうか……! ……狼の手引きをしているのはお前だな!!」
 黒衣の男は動じることなく、いささか大げさに苦笑してみせました。
「嫌なことを仰いますね。自分が占われるのが怖いから、俺をまず消そうとしておられるのではありませんか?」
 そこで青いマントの若者が、意を決したように口を開きました。
「……僕は騎士ですが、昨晩守ったのは黒衣の……もう一人の占い師の方です。我々は狼の襲撃を受けましたが、なんとか防ぎ切りました」
「狼に噛まれかけたということは人間であるのは確かだ」
 耳飾りの青年は、低く呟きながら緑衣の男の方を見やりました。おそらくその視線には疑念が満ちていたことでしょう。緑衣の男は必死に言いつのりました。
「狼は自分の下僕の顔が分からないと言うだろう」
「けれど、人であるのが確かなら残しておく意義はありますよね。……僕からすれば、人であるのが分かっている誰かをそこまで強硬に陥れようとする貴方が、やはり怪しく見える」
 緑衣の男は耳飾りの青年を説得しようと、なお口を開きかけたようでしたが、その時もう運命は決してしまっていたのです。
「……時間です」
 青いマントの青年が、時計を見やりながら静かに告げました。

 その晩、処刑台に送られたのは緑衣の男でした。

人狼二次創作小説・人喰いの町①序

 所属していたオンラインコミュニティ内で行われた『人狼』を見学し、プレイの流れに沿って書いた小説形式のリプレイです。

 

***

 

 わたしにはかつて、名前がありませんでした。
 わたしはことばを話すことができません。わたしが生まれた町では、ことばを話せない者を人として扱うことはありませんでした。
 わたしは人ではありませんでした。だから、名前もなかったのです。
 
 わたしは、故郷を離れてここに来ました。ここに来たので、わたしは文字を教わり、声が出なくても、話すことができるようになりました。
 話すことができるようになったわたしに名前を付けてくれる人がいて、わたしは、やっと人になれました。
 こう言うと、人ではなかったころのわたしを憐れんでくださる方がいます。優しい、慈悲深い方です。
 けれど、これでよかったのです。
 もしあの時わたしが人だったら、わたしはこの町に来る前に、死んでいたに違いないのですから。

 わたしの町はもうありません。人を喰う狼と、狼に魂を売った人間が、町の人を皆殺しにしたからです。
 これは、わたしがあの町ですごした最後の日々の記録です。

 わたしが生まれた町は、国境にほど近く、森に囲まれた小さな町でした。
 泣き声をあげずに生まれ、いくつになっても話せなかったわたしは人の子として扱われることはありませんでした。母はわたしを産んですぐ死にました。父は大きな酒場を経営していましたが、わたしはその屋根裏に押し込められて育ちました。
 屋根裏にいると人の話し声が聞こえました。壁や屋根板の隙間からは雨漏りがし、隙間風も入り込みましたが、外を見ることができました。酒場の外は大きな広場になっていました。そこは、町の中心でした。

 ある時から、酒場に来る人が急に減り始めました。みんなが怖い顔で、小さな声で、話をするようになりました。いなくなった人を指して、誰かが「狼に食い殺されたのだ」と言いました。森と町の境目に張ってある狼よけのおまじないがきかなくなったのは、狼が人に近づいたから。狼が人に近づいたのは、誰かが手引きをしたから。獣の強さがほしくて悪魔と契約をした、気の狂った人間がどこかにいるはずだ。人になった狼と、狼になりたがった人を見つけ出して殺さなくては、皆の命がない。
 ある日から、裁判と投票がはじまりました。町の広場には処刑台が作られました。酒場ではお酒が出されなくなりました。そこが、裁判と投票の場所になったからです。
 裁判のあと、多数決で「怪しい」と思われた人は処刑台で首を吊られて殺されました。初めて見たときはとても怖かったのですが、毎日、毎日続くので、だんだん慣れっこになっていきました。
 裁判に参加して怪しいかどうか見極められるのは、町のすべての人でした。わたしは人ではなかったので、裁判に参加することはできませんでしたが、代わりに殺されることもありませんでした。
 毎日、毎日、人は減り続けました。狼に食い殺されるのと、裁判と、両方が町の人をどんどん減らしていきました。
 わたしの父も、町の広場の真ん中で、首を吊られて殺されました。
 父がいなくなっても、酒場も屋根裏もなくなりませんでした。

 そうして最後に残ったのは、6人だけでした。
 みんな、自分が何者なのかわからないような服を着ていました。自分に害をなす者を狼が選んで食い殺していることが、その頃にはもう分かっていたからです。特に危ないのは、人の本性を見抜く占い師と、獣を狩る狩人や騎士だと言われていました。
 みんながみんな、疑いと疲労に取り憑かれた重苦しい顔で酒場に集まっていました。人は食い殺され続けていました。この中に、狼と、狼になりたい狂った人間がいることは確かなのです。しかし、みんなにそれが誰かはわかりません。
 ……本当のことを言うと、わたしだけは知っていたのです。町のすべてを見渡せる屋根裏で、みんなが何をしていたか見ていたからです。けれど、口のきけないわたしにはどうすることもできませんでした。
 静まり返った酒場で、最後の裁判が始まろうとしていました。わたしはいつものように天井の上に腹ばいになって、みんなの話を聞いていました。