かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

人狼二次創作小説・人喰いの町②開廷

 最初に唇を開いたのは、狼の噂が囁かれるようになったころ街にやってきた、異国風の緑の衣装の男でした。彼が喋ると、微かに国境の向こうの異国の音律が混ざるのがわかりました。
「……実際、誰が何者なのか、ここで告げてもらったほうがいいんだろうか」
 それを即座に否定したのは、黒衣で全身を固めた長髪の男でした。博識で弁の立つ彼は、その弁舌を生かしてここまで生き延びていたのでした。
「否、……早計すぎると思いますね。獣の正体が分かっているなら教えてもらった方がいいが、そうでないなら『ここに占い師と騎士がいます』とわざわざ殺されるために看板を掲げるようなものです。どなたか、この中で誰が我々を食い殺そうとしているか、ご存じの方はおられますか」
 黒衣の男は、自分以外の五人をゆっくりと見回します。その声にこたえるものがいないことが分かると、彼は肩をすくめました。
「……いませんね。手探りですが、話し合いを始めるほかはないようです」
 そこで、じっとうつむいていた女性が顔を上げました。橙のドレスに身を包んだ彼女は、どこか少年のように澄んだ声で、毅然と言いました。
「私は、何の力も持たないただの人間ですが、……ここで殺されても構わないと思っています」
 ざわり、と空気が揺れました。彼女以外の5人は顔を見合わせます。異国風の男が、おずおずと尋ねました。
「どうしてそんなことを」
「このままでは情報が少なすぎます。人と獣が同数になる前に獣をすべて殺すのが、我々の目的ですよね。私が死んでもまだ数には差がある。この町が滅ぶ可能性は変わりません。むしろ、疑う相手が減れば正しく獣を狩れる確率は上がる。この中には占い師や騎士の方がいると聞き及んでいます。私がこの場で死ねば、占い師の方は処刑されずに済みます。騎士の方も、守る対象は少ない方がいいはず。……そうでしょう?」
 淡々と言い切ると、橙のドレスの女性は全員の顔を見まわして、静かに微笑んだようでした。気圧されるように、異国風の男は頷きました。
「……あなたが、そう仰るのであれば、私はそれに従います」
 それに反応したのは、白金でできた星の耳飾りを揺らす青年でした。ぱっと異国風の男の方に視線を向けると、彼は鋭く言い放ちました。
「僕は貴方が怪しいと思います」
「なぜ」
「周囲の空気に乗じて彼女を殺すことにためらいが見られないから。この中で誰かを疑い真意を探る様子がないから。貴方が狼なら、その両者ともとる必要のない行動でしょう。それに……僕は彼女に死んでほしくありません」
「……時間ですね」
 灰色の髪の男が、酒場の壁の時計を眺めて呟きました。
 その晩、処刑台に送られることになったのは、橙のドレスの彼女でした。
「……これで、いい。間違ってないはず」
 投票の結果が開示された瞬間、彼女がそう呟いたのが聞こえました。彼女は取り乱したり泣いたり叫んだりせず、静かに俄か拵えの十三階段を昇っていきました。

 次の日、酒場に集まったのは昨晩を生き延びた5人でした。どうやら前の夜、狼は狩りに失敗したらしいことが分かりました。
「毎晩のように犠牲者が出ていたのに……」
 灰色の髪の男が、信じられない、といった様子で声を漏らしました。緑衣の男が、他の面々を見回しながら言います。
「騎士様が守りを固められたのでしょう。どなたかは分かりませんが……。私も、そろそろ自分の役目を果たさなくてはいけませんね」
 他の4人の視線が、緑衣の男に集まります。男は意を決した様子で告げました。
「……占い師は私です。ここで、占いの結果を――」
「ちょっと待ってください」
 黒衣の男が、緑衣の男を遮りました。予期せぬ反応に固まった緑衣の男と、他の面々に向かい、黒ずくめの男もまた、驚きを隠せないという様子で言いました。
「妙だな……俺も占い師なんですが、人数が合いませんね。……まだ表に出るつもりはなかったんですが、騙りが出ては仕方ない」
「誰が騙りだ!」
 何を言われているか理解した緑衣の男は、怒りで顔を赤らめると黒ずくめの男に食って掛かろうとします。青いマントの青年が、即座に二人の間に割って入りました。
「言い争っている場合ではないでしょう。……占い師だと言うなら、この5人の中で誰かは、既に人か獣か判別がついているはず。まずそれを、お二人に伺いたい」
 皆に視線を向けられて、先に口火を切ったのは、黒ずくめの男でした。
「……耳飾りのあなた。あなたは、人ですね。そして青いマントのあなた。あなたも人だ。間違いないでしょう」
 慌てたように、緑衣の男が続けます。
「私も、耳飾りの方を占いましたが人でした。そして、……占い師を騙るあなたも、人だ。一体どうして……」
 彼は黒ずくめの男からわずかに視線を落とし、小さく何事かを呟きながら考え込みます。数秒のち、はっとしたように顔を上げると、緑衣の男は黒ずくめの男を指さして叫びました。
「そうか……! ……狼の手引きをしているのはお前だな!!」
 黒衣の男は動じることなく、いささか大げさに苦笑してみせました。
「嫌なことを仰いますね。自分が占われるのが怖いから、俺をまず消そうとしておられるのではありませんか?」
 そこで青いマントの若者が、意を決したように口を開きました。
「……僕は騎士ですが、昨晩守ったのは黒衣の……もう一人の占い師の方です。我々は狼の襲撃を受けましたが、なんとか防ぎ切りました」
「狼に噛まれかけたということは人間であるのは確かだ」
 耳飾りの青年は、低く呟きながら緑衣の男の方を見やりました。おそらくその視線には疑念が満ちていたことでしょう。緑衣の男は必死に言いつのりました。
「狼は自分の下僕の顔が分からないと言うだろう」
「けれど、人であるのが確かなら残しておく意義はありますよね。……僕からすれば、人であるのが分かっている誰かをそこまで強硬に陥れようとする貴方が、やはり怪しく見える」
 緑衣の男は耳飾りの青年を説得しようと、なお口を開きかけたようでしたが、その時もう運命は決してしまっていたのです。
「……時間です」
 青いマントの青年が、時計を見やりながら静かに告げました。

 その晩、処刑台に送られたのは緑衣の男でした。