かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

人狼二次創作小説・人喰いの町①序

 所属していたオンラインコミュニティ内で行われた『人狼』を見学し、プレイの流れに沿って書いた小説形式のリプレイです。

 

***

 

 わたしにはかつて、名前がありませんでした。
 わたしはことばを話すことができません。わたしが生まれた町では、ことばを話せない者を人として扱うことはありませんでした。
 わたしは人ではありませんでした。だから、名前もなかったのです。
 
 わたしは、故郷を離れてここに来ました。ここに来たので、わたしは文字を教わり、声が出なくても、話すことができるようになりました。
 話すことができるようになったわたしに名前を付けてくれる人がいて、わたしは、やっと人になれました。
 こう言うと、人ではなかったころのわたしを憐れんでくださる方がいます。優しい、慈悲深い方です。
 けれど、これでよかったのです。
 もしあの時わたしが人だったら、わたしはこの町に来る前に、死んでいたに違いないのですから。

 わたしの町はもうありません。人を喰う狼と、狼に魂を売った人間が、町の人を皆殺しにしたからです。
 これは、わたしがあの町ですごした最後の日々の記録です。

 わたしが生まれた町は、国境にほど近く、森に囲まれた小さな町でした。
 泣き声をあげずに生まれ、いくつになっても話せなかったわたしは人の子として扱われることはありませんでした。母はわたしを産んですぐ死にました。父は大きな酒場を経営していましたが、わたしはその屋根裏に押し込められて育ちました。
 屋根裏にいると人の話し声が聞こえました。壁や屋根板の隙間からは雨漏りがし、隙間風も入り込みましたが、外を見ることができました。酒場の外は大きな広場になっていました。そこは、町の中心でした。

 ある時から、酒場に来る人が急に減り始めました。みんなが怖い顔で、小さな声で、話をするようになりました。いなくなった人を指して、誰かが「狼に食い殺されたのだ」と言いました。森と町の境目に張ってある狼よけのおまじないがきかなくなったのは、狼が人に近づいたから。狼が人に近づいたのは、誰かが手引きをしたから。獣の強さがほしくて悪魔と契約をした、気の狂った人間がどこかにいるはずだ。人になった狼と、狼になりたがった人を見つけ出して殺さなくては、皆の命がない。
 ある日から、裁判と投票がはじまりました。町の広場には処刑台が作られました。酒場ではお酒が出されなくなりました。そこが、裁判と投票の場所になったからです。
 裁判のあと、多数決で「怪しい」と思われた人は処刑台で首を吊られて殺されました。初めて見たときはとても怖かったのですが、毎日、毎日続くので、だんだん慣れっこになっていきました。
 裁判に参加して怪しいかどうか見極められるのは、町のすべての人でした。わたしは人ではなかったので、裁判に参加することはできませんでしたが、代わりに殺されることもありませんでした。
 毎日、毎日、人は減り続けました。狼に食い殺されるのと、裁判と、両方が町の人をどんどん減らしていきました。
 わたしの父も、町の広場の真ん中で、首を吊られて殺されました。
 父がいなくなっても、酒場も屋根裏もなくなりませんでした。

 そうして最後に残ったのは、6人だけでした。
 みんな、自分が何者なのかわからないような服を着ていました。自分に害をなす者を狼が選んで食い殺していることが、その頃にはもう分かっていたからです。特に危ないのは、人の本性を見抜く占い師と、獣を狩る狩人や騎士だと言われていました。
 みんながみんな、疑いと疲労に取り憑かれた重苦しい顔で酒場に集まっていました。人は食い殺され続けていました。この中に、狼と、狼になりたい狂った人間がいることは確かなのです。しかし、みんなにそれが誰かはわかりません。
 ……本当のことを言うと、わたしだけは知っていたのです。町のすべてを見渡せる屋根裏で、みんなが何をしていたか見ていたからです。けれど、口のきけないわたしにはどうすることもできませんでした。
 静まり返った酒場で、最後の裁判が始まろうとしていました。わたしはいつものように天井の上に腹ばいになって、みんなの話を聞いていました。