かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

オタク歌を詠む

 

 学校の教科書以外で短歌というものにさわったのは、この本がきっかけだった。

https://www.kadokawa.co.jp/product/200104000259/

 枡野浩一/ハッピーロンリーウォーリーソング

 

 たしか、家の近くの商業ビルの中に『ヴィレッジヴァンガード』という得体のしれない本屋があることに気が付いてすぐの頃だから、中学生の時だ。全然知らないバンドのCDがガンガンかかる店内には、表の本屋に置いてないような本やCDが山のようにあり、大層興奮したのを覚えている。私の中学高校大学時代の読書はヴィレヴァンと共にあったと言っても全く過言ではない。地方在住十代のサブカルオタクとしての私の自我を支えていたのは間違いなくあの店だった。大槻ケンヂ嶽本野ばら中島らも雨宮まみ、全部入り口はヴィレッジヴァンガード
 そして、ヴィレヴァンに出会った当時私は薄暗い漫画や小説ばかり好んで楽しむ、どちらかといえば陰の方の中二病に罹患していた。ひぐらしのなく頃にとかGOTHとかあの辺がめちゃめちゃに好きな中学生に、この歌集の歌は面白いように刺さった。

 

「もう二十歳……自覚しなきゃ」と言ったのに「自殺しなきゃ」と伝わる電話

 

遠ざかる紙飛行機の航跡をなぞるが如く飛びおりた君

 

笑わない母を見舞いに行くための終バスを待つ兄と妹

 

 当時好きだった歌を並べて書いても水に濡れた生き物の肌に触るようなうっすらとした陰惨さだ。 
 このあと、さらにヴィレッジヴァンガード経由で寺山修司にハマった。純文学の棚に表紙が見えるように陳列されていて、浴衣の女の子の写真がたいそうかわいかったから手に取ったのだ。戯曲も私小説も読んだけれど、印象に残っているのは映画『田園に死す』の冒頭で、陰鬱な男の声で読み上げられる短歌だった。

youtu.be

 

 小説よりはるかに短い文字数で、世界や物語を結晶させているのに目を見張るばかりだった。好きな短歌を膨らませて小説にする遊びもしばらくやっていたが、私がやってもよさが消えるばかりだと思ってやめた。この密度を希釈してはいけないと思った。あの世界もこの世界も三十一音でどうにかなってしまうのだ。試験管の中に生態系があるような感覚だ。おそろしい、ものすごい、と思って眺めているばかりだった。自分にそれが詠めるようになるとは全く思っていなかった。

 

 自分でも短歌を詠みだしたのはピクシブの二次創作短歌がきっかけだ。当時よく遊んでいたあるゲームのキャラクターを好きになった時、「そういえば、小説を書く人がいるんだから推しで短歌を詠んでる人がいるんじゃないか」という感じで気軽に検索をかけた。数件ではあったけれどヒットした。うち一つの作品の作風が、とても好きなものだった。
 台詞を詠みこみながらも仰々しさや硬さのない歌を読んだ時、「こんな歌が詠めるのか」「こんな歌が詠みたい」「詠めるかもしれない」とまったく根拠なく思って、そこから真似るように、自分が好きなキャラクターを題材に短歌を詠みだした。ツイッターのフォロワーさんから協力者を募って、その人の印象で歌を詠んだりもするようになった。最初はぎこちなかったけど、だんだん結構なスピードで詠めるようになっていった。
 最近だと推しの誕生日に10首ほど短歌をつくった。私にとって小説が絵の具までひっぱりだして描く大きな絵だとしたら短歌はノートの隅の落書きに近い。手軽でスピード感がある。

 

 日常の感興を歌にするとか、そういったことはあまり得意ではないし今後もやらないだろう。推しを詠むほうが向いていてたのしい。
 推しを推す手段は無限にあり、そのうちの一つに辿り着いていることは幸運だと思う。