かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

フェイクドキュメンタリーホラーから「自分で考える練習」をしてみる

「自分で考えろ」の泥沼

 昨今よく聞かれる若者に向けたdisに、「考える力がない」というものがあります。
 受動的、主体性がない、創意工夫が見られない、言われたことだけやってりゃいいと思ってる、ほか、絶望的に魅力のない枕詞もセットでついてくることがしばしばですね。
 うるせえ偉そうに言うお前はそもそもできてんのか一昨日来いと言いながらさっき食べ終えたバナナの皮でもぶつけてやりたいのは山々ですが、それをやると「考える力がない」上に「暴力に訴える」というdisの二重苦が待ち受けています。この世は地獄です。
 ここはひとつ謙虚になろうと思ってみても、
「じゃあ自分で考えるってどうすればいいんですか?」
「そんなことくらい自分で考えろ」
みたいな泥沼ループにハマってどうにもできなくなる場合もあります。やっぱり分かってねえんじゃねえかバナナぶつけんぞ、と激高してみても事態は悪化するばかりです。

 今回は可能な限り趣味に走りながら、「考える力」とかいうフワフワしてて実体がないくせにこちらを苦しめにやってくる怨霊みたいなアイツをどうにかする方法を考えます。


名探偵から見る「考える力」

 そもそも考える力ってなんだよ? という話ですが、
意識的に問いを立て、それについて仮説を導き出せる力
ではないかと考えます。

 考える力の濃縮還元みたいな描かれ方をするキャラクターに「名探偵」がいます。
 たとえば、のちに助手となるワトソンに引き合わせられた探偵シャーロック・ホームズ。彼は、ワトスンが「アフガニスタン帰りの軍医である」と一瞬で見抜いて読者とワトスンの度肝を抜きました。

「(前略)一連の推理を追うと、『ここに医師風の男がいる、だが軍人の雰囲気もある。では軍医なのは明らか。彼は熱帯地方から帰ってきたばかりだ、というのも顔が黒いが、地肌でない上、なにしろ腕が白い。彼は艱難病苦を経験している、やつれた顔がなによりの証拠だ。左腕を負傷していて、ぎこちなく不自然な動きをしている。熱帯地方のどこに、英国軍医が苦難を経験し、腕に負傷を受けてしまうような所がある? アフガニスタンをおいて他になし。』すべて一連の思考は一秒に満たない。そしてアフガニスタン帰りだと僕が開口すれば、君は驚いたという次第。」

『緋のエチュード』大久保ゆう氏訳

 

 この推理をいくつかの問いの形に変換すると

Q1,この人は何をしている人か
→お医者さん、でも軍人らしい雰囲気(喋り方やぴしっとした姿勢から判断した?)
→両方当てはまるのは「軍医」

Q2.この人はなぜこういう姿かたちなのか
(服に隠れないところが黒く日焼けしていて、やつれた顔なのはなぜか)
→日焼けするようなところで大変な目に遭ったから

Q3.この人が腕を負傷しているのはなぜか
→軍医なので戦地で負傷したはず

Q4.この人はどこで負傷したのか
→日焼けするような熱い地域、かつ、戦争が起きていて現役の軍医が走り回る必要があった場所
アフガニスタン

 のようになります。

 小刻みに問いを立てる→自分で答えになりそうなもの=仮説を一瞬で考える
 →答え合わせをする
というプロセスを、おそらく名探偵は踏んでいる。

 探偵にはおそらく、問いを立てるための無数の引き金が現実のあちこちに見えています。
「考える力」を持たない人間には、引き金は見えません。

「だからどうした」
「それに何の意味があるんだ」
「そんなの当たり前じゃないか」

 探偵を目の敵にする刑事さんなんかはよくこれらの言葉を口にしますが、これらは引き金を透明にしてしまう禁句です。
 問いを透明にする言葉を持った人にとってみれば、たとえ密室で殺人事件が起きようが死体が歩いて移動しようが現実は全部「疑問を持つ余地のない当たり前のこと」。
 疑問を持たないことが前提ならば、解決されるべき謎が見えないのは当たり前です。

 問いの引き金を無視せず、可視化する癖を身に着ける。そして引き金を引いて飛び出した問いに対して仮説を立て、それを検証する。

この一連の流れを自分のものにできれば、私たちもシャーロックに半歩くらい近寄れるかもしれない。

 

 

問いのインデックス

 人前で話すときは5W1Hを意識しろ、と言われます。
What それはなに?
When それはいつのこと?
Where それはどこ?
Who それは誰?
Why それはなぜ?
How どうやって?
 これが揃っていないと完全な情報を把握したとはいえない、ということなのだと思います。
 探偵における事件現場というのは、この5W1Hに虫食いのように穴があいた不完全な情報の塊であり、問いの引き金は5W1Hの穴だと言えるでしょう。
 探偵は事件現場で、おそらくこの5W1Hの穴を埋めるように問いを立て、仮説を立ててそれを実証している

 穴を意識して問いを立てる→仮説を立てる→検証、の流れを練習しまくってシャーロックみたいになりたいのはやまやまですが、我々のそばで練習台になってくれるような殺人事件はそう頻繁に起こりません。起こられても困る。
 ということで、この5W1Hの穴が分かりやすいフィクションを使って、問いの引き金を可視化する練習の方法を考えます。

 

・フェイクドキュメンタリーで練習しよう

Amazon CAPTCHA


白石晃士監督『ノロイ 
「みんな死んだ」という不穏すぎるキャッチコピー、一度目にしたが最後毎晩夢に出そうな不気味なお面が目印のこちらを例にします。
 怪奇実話作家である小林雅文氏の自宅が焼失。焼け跡からは妻の遺体が発見され、本人は行方不明。小林氏が失踪する直前に完成させたドキュメンタリー『ノロイ』はその衝撃的な内容故に、公開が見送られることとなった。隣家から聞こえる赤ん坊の泣き声、挙動のおかしい隣人、超能力を持つ少女の失踪、ロケ映像に映りこむ不気味な影、何かにとりつかれた女優、謎の集団自殺。一見まとまりのない事象は、ある禁じられた呪術へと収束していく――といったあらすじの、「本物のドキュメンタリーに見せかけたホラーフィクション」です。芸能人が本人役でガンガン出てきたりしますが、フィクション。


 ホラーは「わからないものが怖い」という性質をフルに使って作られています。
 5W1Hにガンガンに穴を開けて「理由もわからず理不尽に何かに襲われる」恐怖を煽り、開いた穴について主人公に解き明かさせながら、過去に遭った恐ろしい出来事の種明かしをしてもう一度怖がらせる、というストーリー運びが多い。
 しかもフェイクドキュメンタリーは「ドキュメンタリー=実態を分かるように伝える作品」を模して造られているので、5W1Hの穴によって発生した謎もある程度きちんと解き明かしてくれます。仮説に対する答え合わせが簡単なのです。
 物語の冒頭だけでも、問いの引き金がゴロゴロ転がっている宝の山状態。5W1Hの穴を意識して問いを立てまくって見るのには最適ではないかと思います。

 ……ちなみに、数あるフェイクドキュメンタリーホラーのなかでなぜ『ノロイ』なのかというと、かれこれ10回見るくらい好きだからです。
 ずっとレンタルで来ましたがつい最近観念してDVDを買いました。暗がりであのパッケージを見ると心臓が鍛えられます。

 

 怪奇心霊作家である主人公、小林雅文氏による取材から、物語が開始します。
 最初に接触したのは、かわいらしい娘さんと、落ち着いた温厚そうなお母さんの親子。お母さんは心霊作家である小林氏にある調査を依頼していました。
「隣の家から、不審な赤ちゃんの泣き声が聞こえる。お隣は中年のお母さんと、小学生くらいのこども。お母さんとの交流はないので詳しい事情はわからない。自分の子に悪影響があったらと思うと怖いので、原因を調べてほしい」
 調査を開始した小林氏は、カメラマンを伴って問題の家へと足を運びます。ごくごく普通に「取材をさせてほしい」と来訪の意を告げた小林氏でしたが、隣家の女性は
「どうしたらそんな言い方ができるのかと聞いてるんだ!!」
と、小林氏を怒鳴りつけ、勢いよくドアを閉めてしまいます。

 

 冒頭の十数分で突っ込みどころがすでに満載ですが、ここまでで早川が見つけられた問いと、それに対する仮説を下に記します。

 

問:赤ちゃんの泣き声は誰のもの?
(前提:お隣の子供ではないか→聞いた話隣人には小学生くらいの子供はいるようだが、赤ちゃんはいない。子供を伴って外出しているところは見たことがないとのこと)
仮説1:表に出してないが子供がいるかもしれない
仮説2:テレビとかの音ではないか→それならそんなに頻繁には聞こえないはずでは?

 

問:「どうしたらそんな言い方ができるのかと聞いてるんだ!」
取材者は普通に「ごめんください」と声をかけているが、隣家の女性はひどいことを言われたかのようなリアクションを返している。なぜ?
仮説1:取材者の声のかけ方が気に喰わなかった(普通だと思うけど……)
仮説2:そもそも女性が通常の精神状態にない(家の周りが荒れ放題、顔色が悪く目の周りにクマがあるのはなぜ?→身なりや周囲に構うことができない状態だから)
仮説3:取材者以外に話しかけてくる何かに対して怒鳴っている→それは何?

 早川の立てた仮説は合っているのか、そしてさらに立てた問いの答えは何だったのかは、物語の後半で明かされることになります。むろん、この先にも大量に「穴」は存在します。ぜひ本編を見て確かめてください。

 

ノロイ』は公開されて10年以上経っており、メディアミックスという『問い・答え合わせの材料』も多く存在しました。
 豊富な時間と材料を使って複数の物語の中で何があったのかを有志の方が考察し、web上にまとめてくださっているページも存在します。(たとえばこちら
 自分の問いと仮説に明確な答えが出たか、それは正しいか、見逃した問いはどんなものだったかを、考察サイトで確認してみるのも一興です。

 

・なお解かれない謎について

 そうはいってもすべての謎に答えが出たわけではありません。よくわからないまま曖昧にぼかされたところも残ります。ホラーなので、分からない方が怖いという部分は残った方が絶対楽しいですし。
 でも、答えが提示されなかったからと言って「的外れなことを疑問に思ってしまった……」「価値のない問いを立ててしまった……」と思う必要は全くないと思います。
 何もないところから問いを引き起こすというのは、生産的な営みです。
 答えが示されなかった問、ほかの誰も気にしなかったところから放たれた問は、その問を立てた誰かにしか行きつけなかった場所です。答えもその人にしか導き出せないかもしれない。
 考えすぎ、勘繰りすぎだと言われても、それには絶対価値があるはずだと思うのです。

 

 作中での私にとっての解かれない謎は「なんで鳩?」でした。これだけだとなんのこっちゃですね。
 そんなわけで『ノロイ』、観てください。私は続編の『カルト』『オカルト』を見てきます。