かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

算数と喧嘩したまま大学生になった

 いつからできなかったんだっけ……という感じなんですが、小学校5年生くらいの頃にはもうすでに算数の授業がちんぷんかんぷんになっていた覚えがあります。図形と割合が特にダメで、私の宿題を見ながら横で父が静かに苛立っており、他人の苛立ちを感じると涙が出る性質だった私は動揺で全く手が動かず、蛇とカエルのにらみ合いみたいになったまま時間だけが過ぎていました。宿題は終わらなかったし提出しませんでした。随分前からクラスが崩壊していて、もう宿題出さない程度じゃ先生が全然怒らなかったのもある。

 その後、紳士的なおじいちゃん先生がいる小さな塾で算数、国語、英語を見てもらうことになったのですが、国語と英語はめきめきできるようになったのに算数だけは本当にダメ、算数が数学になったらもっとダメになりました。計算問題と方程式くらいしか得意がない。問題解いてると寝てしまう(幸い塾はスパルタ式では全くなく、寝ても無理やり起こさないでいてくれる、たまに目覚ましに「こんなのどこで売ってるんだ……?」みたいなウコン入りの謎炭酸飲料を出してくれる先生だった)。学校で受けていた模試の偏差値は数学だけぶっちぎりの30台。高校入試、私が受けた年は物凄く平均が高い当たり年だったんですが、それでも平均には掠りもしない点数でした。志望校には受かった。他の科目で殴ったから。

 高校に入ると数学のダメさにはより一層磨きがかかり、奇跡的に赤点は回避し続けたものの成績が惨憺たるものだったので先生からは完全に透明人間としての扱いを受けていました。予習はしてたから当てられても大丈夫だったんだけれど、こいつを黒板の前に出したら死ぬかもしれないというやさしさ……大慈大悲……。予習してたのになんで成績が悪かったかというと、公式や解法を全く覚えずに、教科書に載ってる問題もチャート式で類題を探して数字だけ選り出して式に当てはめて答えを出したらそれだけで満足していたからです。

 大学も数学を一ミリも触らずに済むところを受けて受かり、もうあいつとは縁が切れた、二度と会うこともないだろう……と思っていました。大学2年になる前の春が思ったより暇で、当時住んでいたところにある書店をなんとはなしにウロウロウロウロしていた私の目に留まったのがこちら。

 

小中学校の算数・数学が9時間でわかる本 間地 秀三 https://www.amazon.co.jp/dp/4569804381/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_sAV.Cb69SXHAG

 

 私のための本やんけ。

 手に取って開きながら、あー、思ったより未練があったんだな数字に……としみじみ感じました。自分で認識してるより悔しかったしできるようになりたかったし、分からないの怖かったけど、自分は馬鹿だと思って諦めてたんだよなあ。今なら時間あるし、小学校1年生レベルからやれるならやってもいいかも。ダメならダメで別に失うものもないし、いいや。安いし(税込み1080円だった)。薄いし。

 と思って買って帰ったやつを、毎朝起きたら10分1単元。意外と続く、し、楽しい。

 宿題の前で涙目でフリーズしてた頃から10年近く経ってるだけあって多少は私の脳みそも育っていたのでしょう。当時躓いてたところも落ち着いて説明を読んでいけばわりとわかる。計算すればカチッと答えが出るの、案外気持ちいいものである。

 プライドがなかったのもよかった。小学校4年生の問題でもできるとアホほど喜べる。本当にできないんだからしょうがないよね、で1年生の足し算引き算から愚直にやっていったら、私はどうやら本格的にできないことが発覚する5年生より前の3年生あたりの段階で躓いていたことが分かりました。歯抜けのジェンガの上に重いものを積むような勉強しかしてなかったんだな……それは崩れるわ……と思いながら穴を修復。
 期限を切られると必死でやるタイプと焦って動きが止まって絶望しながら泣くタイプがいると思うのですが、算数数学においての私は完全に後者でした。こんな悠長なことができていたのも、定期試験やら入試やらで後ろからしばかれていなかったからだとは思う。

 亀の歩みではあったけれど、気が付いたら問題集はすべて終わり、中学校3年生の基礎くらいのレベルまではなんとか解けるようになっていました。応用問題は解答解説を読めばなるほどな、って思うレベル。それに伴って、本当に嫌いだった理科の計算問題も解けるようになりました。

 さらに数年経った今では、アルバイト先で理数系科目に苦戦している子を後ろから援護しています。わかんないと辛いのも怖いのもわかるので「どうしてこんなことも分からないんだ」とは絶対に言えない。図を描いたり絵を描いたり学年を遡ったりしながら、なんとか、「分からなくて怖い」から、「向き合ってみようかな」になる日を早くする手伝いをしているつもりです。できているといいな、と思います。なんなら大人になってから勉強しなおしてくれてもいいんだけれど……とりあえず目先の試験に受からないといけないからこういうことはあまり言えない……大人になって自分で勉強するの、たのしいよ……。

 

 そういえば私が高校数学と和解できる日、来るのかなあ……と思うんですが、必要があればまたどこかで会えるだろう……たぶん……。

ドポンコツワンウィーク

 起きてびっくりした。頭が軽かったのだった。

 

 かれこれ1週間くらい、用事のない日中はほぼ眠って過ごすようにしていた。ずっと頭は重いし目の奥が痛いしなんとなく目の前に灰色の霧がかかったような状態だった。画面を見すぎてるのかな、と思ってパソコンを触る時間を減らしてみたり、貧血かな、もしかして肉が足りてない? と思ってほったらかしだった鉄のサプリを飲んでみたり赤身の肉を焼いて食べてみたり、運動不足かな、と思って筋トレやらタバタ式トレーニングやらで汗を流してみたりしても、灰色の霧はどこにもいかなかった。作業に触ってない後ろめたさゆえかな、と思ってタスクに手を付けても5分経たずにものすごいだるさで投げ出してしまう。

 頭を逆さに振ってもやる気が出ない状態で、請け負った仕事や自分の勉強の一切にまるで手が付かない。ずるずると眠りながら、もしかして私は一生このままなのでは? とちょっとだけ怯え、怯えきる前に睡魔に殴り倒されて意識を失くし、またずるずると起き上がって仕事に行くことを繰り返した。前職を退職してから小さな私塾で講師のバイトを続けているのだけれど、外に出て誰かと喋るきっかけを短時間でも作っていてよかったと思った。教え子ちゃんや同僚の先生たちと話していると多少は灰色の霧が薄くなる。

 

 昨日はここ数日で一番気圧の低下が激しい日だ、という話は聞いており、起きたら灰色の霧はほとんど黒色の煙になっていた。海底にある火山から無限に噴き出す靄を思い出した。たまたま仕事が一つもない日だったので、起き上がるのをほぼ諦めた私は自分に問うた。

 何ならできそう?/わからない

 本は読める?/無理だと思う

 映画は?/ちょっとしんどいかな

 スマホ用に配信されてるライトな怖いゲームやる?/それだ

 

 ということで2本くらい立て続けにクリアした。一人でひいひい言いながら画面を触って謎解きをしている間は、動けない苛立ちや不安をとりあえず忘れていた。2本目をクリアしてしばらく眠り、起き上がって家事をして夕食を取ってまた眠り、翌朝。

 

 目の前にはもう、黒色の煙も灰色の霧もなかった。現在いる地点での気圧をグラフで出してくれるアプリの画面は「警戒」の赤黒いゾーンを脱したことを表示していた。私は動けるようになり、あの頭の重さと灰色の霧はなんとかやりすごせば動けるようになることを後の自分に伝えるためにここでキーボードを叩いている。

 気圧の動きは出来るだけ前もって知っておいて、締め切りのある仕事なんかはできるだけ余裕をもって行動すること。あまり無理せず寝られるなら寝た方がいい。人前に出ると動けるけどゾンビのような状態なので無理しないこと。その状態は一生続くわけではない。一番現実逃避できるのはホラーコンテンツなので、避難先は怖い映画、漫画、ゲーム。

 

 梅雨がくるのでね。死なないようにがんばりましょう。

 

 ちなみに遊んだゲームはこの2本でした。お化けも怖いし人間も怖いし周回要素もあって楽しかった。推しです。2本目はとくにハリウッドホラーみがあって謎解きも凝っており好きなテイストでした。

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そだちすぎだよ。

 自宅には繁栄を極めている植物が二種ありひとつがホヤ・ケリイ。ハートサボテンと呼んだ方が通りがいい気がする。あの植木鉢に肉厚のハート形の葉が突き刺さるように生えているやつだ。100円ショップで1つだけ買ってきてかわいいかわいいと愛でていたはずが、いつのまにかあの葉っぱの根元から細い枝が生え、さらにそれが分かれた先に無数のハートサボテンが噴き出して結構なスピードで増えていった。今うちにはおそらくやつの鉢が15ほどある。

 基本的にハートサボテンは居間の出窓で繁茂しており、私が自室に持ち込むとそいつらは結構情け容赦なく枯れる。世話の雑さは上も下もそんなに変わらない気がするのだけれど、たぶん日照時間とか気温とか微妙な差があるんだろうなあと思う。世話をしやすいと言われる多肉ですら枯らす私に育てられる植物なんてあるんだろうか、と思っていた。

 あった。奴の名前はコダカラベンケイソウという。うちで繁栄を極めている種のその2である。

 コダカラベンケイソウはアロエみたいに肉厚な薄緑の葉をもった植物だ。葉は幾重かに広がって付き、葉のふちからやっぱり肉厚の小さな四つ葉(よく見ると細くて白い根が出ている)が無数に噴き出ては地面に落ち、爆速で増えていく。花が咲いているのは見たことがないので、おそらくこうやってクローンみたいに増えていく種類なんだろうと思う。
 すっかり引きこもっていた昨年夏、私はトイレの前で放置されていた謎の鉢(おそらく前に生やしていた何かが枯れたらしい、かさかさの茎とぱさぱさの土だけがギチギチに詰まった割合大きなものだ)を回収し、ハートサボテン同様居間の出窓で繁栄を極めに極めた結果親元の鉢から零れ落ちてしまったベンケイソウの芽を3つか4つ、無造作に拾って鉢に放り込み、日光の直撃を受けて灼熱地獄と化す自室の出窓に置いた。思い出したときに水をやるだけであまり構いもしなかった結果、4つあった芽のうち1つがギリギリ根付いてぐんぐん大きくなり、私が正気を取り戻した頃には小指の爪の先ほどだった奴は大人の手のひら大の大きさにまで育ってわさわさと葉をつけていた。私の雑な世話と過酷な日射条件に耐えうる個体なので頑丈だったのに間違いはないのだけれど、あまりの大きさに若干引いている。

 鉢は親のこいつで手一杯なのだ。子供がここに増えたらどんなことになるか分からない。しばらくは芽が出る気配がなくてほっとしていたのだけれど、母が緑色のチューブ型の栄養剤を土に刺していった翌日、まるであふれるように葉の縁から四つ葉が噴き出してきた。

 スペースがどこにもないため、緩慢な間引き、という殺伐とした後ろ暗いことばを胸に摘み取った芽を水も土も何もない皿の上に放置している。放置しているのにゆっくりと根が伸びている。

 

 ちょっと怖い。

 

 どうしよう。

オタク歌を詠む

 

 学校の教科書以外で短歌というものにさわったのは、この本がきっかけだった。

https://www.kadokawa.co.jp/product/200104000259/

 枡野浩一/ハッピーロンリーウォーリーソング

 

 たしか、家の近くの商業ビルの中に『ヴィレッジヴァンガード』という得体のしれない本屋があることに気が付いてすぐの頃だから、中学生の時だ。全然知らないバンドのCDがガンガンかかる店内には、表の本屋に置いてないような本やCDが山のようにあり、大層興奮したのを覚えている。私の中学高校大学時代の読書はヴィレヴァンと共にあったと言っても全く過言ではない。地方在住十代のサブカルオタクとしての私の自我を支えていたのは間違いなくあの店だった。大槻ケンヂ嶽本野ばら中島らも雨宮まみ、全部入り口はヴィレッジヴァンガード
 そして、ヴィレヴァンに出会った当時私は薄暗い漫画や小説ばかり好んで楽しむ、どちらかといえば陰の方の中二病に罹患していた。ひぐらしのなく頃にとかGOTHとかあの辺がめちゃめちゃに好きな中学生に、この歌集の歌は面白いように刺さった。

 

「もう二十歳……自覚しなきゃ」と言ったのに「自殺しなきゃ」と伝わる電話

 

遠ざかる紙飛行機の航跡をなぞるが如く飛びおりた君

 

笑わない母を見舞いに行くための終バスを待つ兄と妹

 

 当時好きだった歌を並べて書いても水に濡れた生き物の肌に触るようなうっすらとした陰惨さだ。 
 このあと、さらにヴィレッジヴァンガード経由で寺山修司にハマった。純文学の棚に表紙が見えるように陳列されていて、浴衣の女の子の写真がたいそうかわいかったから手に取ったのだ。戯曲も私小説も読んだけれど、印象に残っているのは映画『田園に死す』の冒頭で、陰鬱な男の声で読み上げられる短歌だった。

youtu.be

 

 小説よりはるかに短い文字数で、世界や物語を結晶させているのに目を見張るばかりだった。好きな短歌を膨らませて小説にする遊びもしばらくやっていたが、私がやってもよさが消えるばかりだと思ってやめた。この密度を希釈してはいけないと思った。あの世界もこの世界も三十一音でどうにかなってしまうのだ。試験管の中に生態系があるような感覚だ。おそろしい、ものすごい、と思って眺めているばかりだった。自分にそれが詠めるようになるとは全く思っていなかった。

 

 自分でも短歌を詠みだしたのはピクシブの二次創作短歌がきっかけだ。当時よく遊んでいたあるゲームのキャラクターを好きになった時、「そういえば、小説を書く人がいるんだから推しで短歌を詠んでる人がいるんじゃないか」という感じで気軽に検索をかけた。数件ではあったけれどヒットした。うち一つの作品の作風が、とても好きなものだった。
 台詞を詠みこみながらも仰々しさや硬さのない歌を読んだ時、「こんな歌が詠めるのか」「こんな歌が詠みたい」「詠めるかもしれない」とまったく根拠なく思って、そこから真似るように、自分が好きなキャラクターを題材に短歌を詠みだした。ツイッターのフォロワーさんから協力者を募って、その人の印象で歌を詠んだりもするようになった。最初はぎこちなかったけど、だんだん結構なスピードで詠めるようになっていった。
 最近だと推しの誕生日に10首ほど短歌をつくった。私にとって小説が絵の具までひっぱりだして描く大きな絵だとしたら短歌はノートの隅の落書きに近い。手軽でスピード感がある。

 

 日常の感興を歌にするとか、そういったことはあまり得意ではないし今後もやらないだろう。推しを詠むほうが向いていてたのしい。
 推しを推す手段は無限にあり、そのうちの一つに辿り着いていることは幸運だと思う。

2018年夏のことと巣

 平成最後の夏は寝て過ごしていた。

 休職をもぎ取って帰ってきた実家の部屋は幼少期から弟と一間を分けて使うかたちになっていた。彼が思春期に突入する頃に私は家を出たためどうにかなっていたようなものだが、だいぶ無理のある状態だったと思う。弟は勿論現在も変わらずそこで生活しており、私とは違って超夜型で、しかも深夜にスカイプを繋いでボイスチャットをしながら友人とオンラインでゲームをするのが生き甲斐のようになっていた。
 子供部屋の隣には中途半端に小さい一室があり、納戸と化したそこには現実に干渉はしてこないものの捨てるには忍びない過去の遺物が大量に押し込まれていた。我々のランドセルとか、かつての職場で両親がもらった表彰状だとか、そういったようなものだ。

 仕事を休みだして一週間ほどした頃の夕方。私はそこから荷物を勝手に全部運びだして、自分が寝ていたロフトベッドの上と下に詰め込んだ。昼は基本的に寝ていることしかできなかったのに、まるで取り憑かれたように、狂ったように、私は重たい段ボールや、ブリキの巨大な缶や、色の変わったマットレスやシーツや座布団を運び出し、まるでテトリスみたいに隙間なく四角い場所を埋めていった。納戸の中身は全部ロフトベッドの上下に収まった。圧縮されたようだと思った。頭の中は静かだった。部屋の中身と同様だった。がらんとした、よく音の響く小部屋を使い捨てのフローリングシートで磨き上げて、子供部屋にあったカラーボックス型の本棚と布団を引きずり込んで、壁の窓はカーテンで、扉の小窓はポストカードで塞いだ。満足もせず達成感もなく、ただ、ああ、これで寝られる、と思った。
 帰ってきた家族には事後的に承諾を取った。基本的に私の寝場所が納戸に移行しただけであり、勝手に捨てたものもなかったので咎められることはなく、むしろ存在すら忘れていた大量の不良品を処分するきっかけができた、と感謝された。

 小さくて狭くて暗くて静かな部屋だ。本と鉱石が並んでいる。
 ドアを閉めると向こうからかすかに、弟の話し声と笑い声、母がつけたまま眠ったラジオの音が聞こえる。一人で眠りたければその時給料で借りていたアパートに戻ればよかったが、私が求めていたのはそうではなかった。誰かがそばにいる場所にいたかった。
 医者が処方した睡眠薬はすぐに不要になって、私はものを捨てるとき以外、誰かが立てる物音を聞きながら、ほぼずっと寝ていた。去年の夏のことはあまり覚えていない。

ちいちゃんのかげおくりとごんぎつねと涙腺

 小学生の頃、居間のテレビで金曜ロードショーの『火垂るの墓』を見ていると「あっ、だめ、わたしこれ可哀想で見れない」と母がすっと寝室に消えていくのが不思議でした。燃え上がる街、ぼろぼろになったおかあさん、疎開先での居場所のなさ、やせ衰えていく妹、後を追うように亡くなるお兄ちゃん、たしかに可哀そうな要素は山盛りだけど観られなかったり泣いたりするほどか……? と思っていた。

 

 思っていたのです。過去形です。

 今の私には火垂るの墓はおろかちいちゃんのかげおくりもごんぎつねもおそらく無理である。

 

 国語の読解が苦手な子の宿題をみていたときに、「自分がどの字を読めてないか分かったほうがいい、あと、意味が分からない言葉はひらがなで書かれてても上手に読めないことが多いから、まず声に出して全部読んで、ひっかかるところを探してみようか」と、出題されている文を読んでもらったことがあります。社会と経済、みたいな真面目な話の次にやってきたのが、病院が舞台の小説の一部分でした。

 致死性の病の末期である年配の患者さんに不安がられないように、若いお医者さんが病気の告知をする場面。患者さんを不安がらせまいとつとめて淡々と病気の話をする(ただし余命については触れられない)お医者さん。なんとなく自分の余命を察しているのか、納得しているのかそれとも納得したいのか分からないけど穏やかに話を聞いて、「これでいいんです」とうなずき、「私は最期までここにいていいですか」と尋ねる患者さん。

 やばい。目の奥が熱い。

 彼女と同じくらいの年の頃なら全然「ほーん」という感じで読めていたはずのところで涙腺がやばい。

 お医者さんと患者さんの両方に感情移入してしまってやばい。もう自分にできることなんかほとんどない状態で、せめて穏やかに最後の日々を送ってもらう手伝いをするしかないお医者さんと、自分の死期がなんとなくわかってるから、一生懸命な若い先生に心配をかけたり悲しい顔をさせたくないお年寄りの感情がひしひし伝わってやばい。書かれている以上のことを勝手に読み取ってしまってやばい(これはおそらく私が原作の設定を勝手に膨らませて二次創作小説を書くオタクであることにも由来しています)。おそらく年を経たらさらに違う角度からもっと感情移入してしまう気がする。本当にやばい。

 教え子ちゃんはけろっとした顔で「えーと、う、う、うちひしがれる……」みたいな感じで、特に感情も入れず、つっかえながら淡々と読んでくれているのに横で私が涙をこらえながら小刻みに震えるあのCMのチワワみたいになってる。温度差がすごい。グッピーが死ぬくらい温度差がすごい。教え子ちゃん。頼む。気づかないでくれ。私が横でくぅ~ちゃんになってることを知らないままでいてくれ。

 結果として泣かずに済んだので気づかれませんでした。指導も無事に終わりました。

「ごんぎつね」や「ちいちゃんのかげおくり」の音読を聞くのが苦行だと言っていた知人の気持ちがわかりました。

 やばい。

 

 後ろでタイタニックの予告編が流れています。こんどBSでやるみたいですね。

 絶対見ない。だってやばいもん。

 人間の感情についての知見を得る前に悲しい話を大量に読んでおいてよかった。

初夏が来る前に怪談を推させろ

 月一更新がデフォルトになりつつあるな。ご機嫌よう。私です。前の記事で大学への出願が終わった話を書きましたが、無事大学から履修許可の通知をいただき、教職課程科目等履修生としての勉強を始めるべく準備をしているところです。主に中学高校国語のやり直しですね。私10年前こんなこと勉強してたんだ……('ω')個性豊かな教科担当の先生の雑談は鮮烈に覚えているのに肝心な知識を地べたに落としてきている。頑張ります。

 

 さて、気が付いたら4月下旬に差し掛かろうとしており、誰か時空間を加速する装置でも使ったんだろうか怖い私の3月と4月上旬どこ行ったん、と震えていますが、気を抜いてたらすぐ5月です。

 初夏です。

 初がついても夏は夏。

 夏と言えばホラーじゃないですか奥さん(お前は夏じゃなくても年中怖いものの話をしたがっているだろうが)。

 リングの最新作も予告が公開になりましたね。

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 YouTuber貞子と聞いてあんまり期待してなかったんですけど普通に怖そうで安心した。観に行きたい。

 夏に向けて百物語を実施予定だけどネタが切れている方、怪談って稲川淳二さんくらいしか知らないんだけどそろそろほかの人のも聞いてみたいなあという方、ぼーっと聞いていられるストーリー性のあるラジオをお求めの方に向けて、私が複数回リピートで聞いているくらい好きなラジオ形式の怖い話を推そうと思います。有名どころばかりだと思うので、俺はマニアだ! という人には物足りないかもしれない。ご了承ください。

 

【迎賓館】

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 空前絶後の不景気の中、借金を背負った人々が「取り立てが来る自宅に戻らず、泊まり込みで高額の収入を得られる」ということで集まったのは建物警備のアルバイト。いわくつきの物件であっても「借金取りより幽霊の方がマシ」と平気で泊まり込むような剛の者が集うその会社でも、「あそこだけは無理」と警備員が定着しない大豪邸があった。そんな修羅場で初の連勤を成し遂げたメンタル鬼強い部下の様子を見に、豪邸『迎賓館』を訪れた上司が目にしたものとは――。
 出てくる人全員キャラクターが立ってる。オチも秀逸。なお、建物はまだ現存しているとのこと。

 

【真っ黒いサーバー】

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 取引先の会社から預かってきた真っ黒い大きなサーバー。使わないから処分してくれとは言われたけれど、まだ動きそうで勿体ない。再利用を試みて機械のふたを開けた社員の目に飛び込んできたのは、内部にびっしりと貼られた「縁切り」のお札だった……。
 ITシステムにまつわる現代怪談。電気と幽霊は相性が悪いような気がしてたけど別にそんなことなかった。諸々未解決で後味が悪い。最高。 

 

【シンナー事故死】

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 語り手が住む家の向かいのアパートが火元となって発生した不可解な火事。発端となったのは、アパート住人の友人による服薬自殺だった。友人が自ら命を絶った部屋でなお生活を続けていた住人は、度重なる怪事に流石に引っ越しを決意するが――。
 後味が悪い話セカンド。ややグロテスクな描写があり苦手な方は注意です。でも終わり方がなんとなく物悲しくて好き。

 

北野誠茶屋町怪談シリーズ】

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 心霊スポット凸ビデオ『お前ら行くな』シリーズの立役者である北野誠、事故物件住みます芸人松原タニシ、オカルトコレクター田中俊行、実録怪談『新耳袋』で知られる中山市朗ほか、怖い話界隈のすごい人を集めて年1~2回放送されているラジオシリーズ。毎回濃ゆいのでぜひ全話聞いてトラウマを刻まれてほしい。大学で先輩が急逝した後、生前の姿のまま後輩たちのところに死神として現れる『呪いになった先輩』の話が大変好きです。

 

 結末がすっきりしない、じとっ……とした話が好きなのがバレるな……。そのような怖い話を見つけたら推していただけると目をらんらんと光らせた私が行きます。ここで推してるお話が刺さったら嬉しいし、関連動画からぜひ各々の推し怪談を探しに行っていただきたい。夏に備えましょう。どうせ今年も猛暑なのだろうし。