かくりよ書房夜明け分館

服飾、文芸ほか雑記

2018年夏のことと巣

 平成最後の夏は寝て過ごしていた。

 休職をもぎ取って帰ってきた実家の部屋は幼少期から弟と一間を分けて使うかたちになっていた。彼が思春期に突入する頃に私は家を出たためどうにかなっていたようなものだが、だいぶ無理のある状態だったと思う。弟は勿論現在も変わらずそこで生活しており、私とは違って超夜型で、しかも深夜にスカイプを繋いでボイスチャットをしながら友人とオンラインでゲームをするのが生き甲斐のようになっていた。
 子供部屋の隣には中途半端に小さい一室があり、納戸と化したそこには現実に干渉はしてこないものの捨てるには忍びない過去の遺物が大量に押し込まれていた。我々のランドセルとか、かつての職場で両親がもらった表彰状だとか、そういったようなものだ。

 仕事を休みだして一週間ほどした頃の夕方。私はそこから荷物を勝手に全部運びだして、自分が寝ていたロフトベッドの上と下に詰め込んだ。昼は基本的に寝ていることしかできなかったのに、まるで取り憑かれたように、狂ったように、私は重たい段ボールや、ブリキの巨大な缶や、色の変わったマットレスやシーツや座布団を運び出し、まるでテトリスみたいに隙間なく四角い場所を埋めていった。納戸の中身は全部ロフトベッドの上下に収まった。圧縮されたようだと思った。頭の中は静かだった。部屋の中身と同様だった。がらんとした、よく音の響く小部屋を使い捨てのフローリングシートで磨き上げて、子供部屋にあったカラーボックス型の本棚と布団を引きずり込んで、壁の窓はカーテンで、扉の小窓はポストカードで塞いだ。満足もせず達成感もなく、ただ、ああ、これで寝られる、と思った。
 帰ってきた家族には事後的に承諾を取った。基本的に私の寝場所が納戸に移行しただけであり、勝手に捨てたものもなかったので咎められることはなく、むしろ存在すら忘れていた大量の不良品を処分するきっかけができた、と感謝された。

 小さくて狭くて暗くて静かな部屋だ。本と鉱石が並んでいる。
 ドアを閉めると向こうからかすかに、弟の話し声と笑い声、母がつけたまま眠ったラジオの音が聞こえる。一人で眠りたければその時給料で借りていたアパートに戻ればよかったが、私が求めていたのはそうではなかった。誰かがそばにいる場所にいたかった。
 医者が処方した睡眠薬はすぐに不要になって、私はものを捨てるとき以外、誰かが立てる物音を聞きながら、ほぼずっと寝ていた。去年の夏のことはあまり覚えていない。